大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3453号 判決 1980年2月13日

原告 甲野一郎

被告 国

右代表者法務大臣 倉石忠雄

右指定代理人 金沢正公

<ほか四名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、七〇万円及びこれに対する昭和五三年七月二七日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、爆発物取締罰則違反被告事件により昭和五一年二月一六日から昭和五二年一月二八日まで東京拘置所に拘禁されていたところ、東京拘置所長は、(一)昭和五一年七月一五日、原告が同年五月一九日に点検を拒否したことを理由に監獄法五九条、六〇条に基づき紀律違反として軽屏禁、文書図画閲読禁止各七日の懲罰に処することを決定し、同日これを原告に言い渡すとともに執行に着手し、同月二一日その執行を終了、(二)同年一二月七日、原告が同年一一月一〇日に点検を拒否したことを理由に右と同様軽屏禁、文書図画閲読禁止各七日の懲罰に処することを決定し、同日これを原告に言い渡すとともに執行に着手し、同月一三日その執行を終了した。

2  東京拘置所長がした右各懲罰処分(以下「本件懲罰処分」という。)は、左記のとおり違憲ないし違法なものであったにもかかわらず、同所長は、敢えて本件懲罰処分をしたものである。すなわち、

(一) 本件懲罰処分の根拠法である監獄法は、憲法で保障されている基本的人権を全く無視した法律であるから、憲法違反として無効である。

(二) 仮に監獄法が憲法に違反した無効な法律でないとしても、本件懲罰処分の根拠たる同法五九条、六〇条は憲法に違反した無効な条項であるから、本件懲罰処分も憲法違反として無効である。

(三) 東京拘置所長は、原告の刑事被告人としての防禦権の行使を十分保障しなければならなかったにもかかわらず、敢えて本件懲罰処分をなすことにより原告の右防禦権の行使を奪ったものである。

(四) 本件懲罰処分は、原告の基本的人権を全く無視してなされたものであるから、裁量権を著しく逸脱した違法なものである。

3  原告は、本件懲罰処分により甚大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するには七〇万円が相当である。

4  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき右損害賠償金七〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五三年七月二七日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の主張はいずれも否認ないし争う。

3 同3の事実は否認する。

(被告の主張)

1 原告の紀律違反行為の態様

(一) 原告は、昭和五一年五月一九日午後四時四五分ころ、東京拘置所における閉房点検(夕食後に行なう点検)時、収容居房において自己の呼称番号を呼称して点検を受けなければならないことを熟知していたにもかかわらず、番号を呼称しないばかりか、「Aに対する暴力反対」と唱えて点検を拒否し、もって職員の「点検を受けなさい。」との指示にしたがわなかった。

(二) 更に、原告は、昭和五一年一一月一〇日午前七時一五分ころ、東京拘置所における開房点検(起床時に行なう点検)時及び同日午後四時四五分ころ、同所における閉房点検時に収容居房内を俳徊し、あるいは筆記しながら、いずれも「点検を拒否する。」と叫んで点検を拒否し、もって前回同様職員の「点検を受けなさい。」との指示にしたがわなかった。

2 本件懲罰処分の適法性

監獄は、多くの収容者を拘禁し、これを集団として管理している人的組織かつ営造物であり、その性質上秩序を維持することが当然必要とされるため、監獄法五九条は「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と規定して右趣旨を法文化している。そうして、右「紀律」の具体的内容として、刑罰法令により犯罪として禁じられている事項のほか、監獄法施行規則二二条二項により特に在監者が遵守しなければならない事項が定められており、本件懲罰処分当時、東京拘置所においてはこれを冊子「収容者の心得」(昭和五二年五月一日改正「所内生活の心得」と改称)中に記載し、各収容者の居房に備え付け閲読させることによって懲罰の対象となる紀律違反行為を明らかにしていた。原告も右冊子に規定された点検方法(当時点検方法については「点検を受けるときは居房の入口に向って正座し、番号をはっきりととなえること。点検開始から終了の号令があるまでは静かに正座していること。」と定められていた。)について本件各紀律違反行為時以外は遵守しており、その点検方法を熟知していたにもかかわらず、前記のように点検を拒否し、職員の指示に従わなかったものである。

なお点検は、拘置所法令に基づいて行う拘禁業務を全うするためのものであって、これにより全被収容者の人員確認及び個人識別を行い、あわせて被収容者の顔色・身体状況の変化及び挙動などを観察して各人の心身の状況を把握し、逃走・自殺などの刑務事故や暴行・自傷その他の規律違反行為を未然に防止する機能を有しており、拘置所の保安警備上欠くことのできない基本的業務である。そして、正座点検は、被収容者を観察するために最も適切な自然の姿勢であり、他方、正座して点検を受ける被収容者は、その間自由な姿勢で任意に行動することを制限されるが、その時間はわずか数分間であるから、これにより苦痛が生じるものではない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

なお、《証拠省略》によれば、原告の違反行為の態様は被告の主張するとおりであることを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二  原告は、本件懲罰処分は違憲ないし違法なものである旨主張するので、以下、順次検討する。

1  原告は、監獄法は憲法で保障された基本的人権を全く無視した法律であるから違憲無効である旨主張する。

ところで、わが現行の法制度の下においては、裁判所は具体的な法律関係について紛争の存する場合においてのみ法令の合憲性の判断をなしうるものであって、かかる具体的事件を離れて抽象的に法令の合憲性の判断をする憲法上及び法令上の根拠は何ら存しないと解すべきところ、原告の右主張は、本件懲罰処分を離れた監獄法それ自体の違憲無効を主張するものであって、右に述べた具体的な法律関係についての紛争に関するものでないことは明らかであるから、それ自体失当というべきである。

2  次に、原告は、本件懲罰処分の根拠たる監獄法五九条、六〇条は違憲無効な条項である旨主張する。

ところで、刑事被告人を拘置所に収容し、その自由を拘束するのは拘禁の目的たる逃亡及び罪証隠滅の防止にあることはいうまでもないが、右目的のために収容された多数の在監者を集団として管理するにあたっては、在監者の生命・身体の安全の確保、衛生及び健康管理等の観点からはもとより、施設内の平穏の確保の観点からも必要かつ合理的な限度において在監者に対し相応な措置をなしうるものというべきであり、監獄法五九条、六〇条はかかる観点から紀律違反者に対する懲罰を定めているものであって、これをもって違憲無効な条項であるということはできないというべきである。

3  原告は、東京拘置所長が本件懲罰処分をなすことによって原告の刑事被告人としての防禦権の行使を奪った旨主張する。

東京拘置所長が原告に本件懲罰処分を科したのは、原告の前記紀律違反行為に対してであって、これによって原告の刑事被告人としての防禦権の行使が奪われたことについては本件全証拠によるもこれを認めることができない。

4  原告は、本件懲罰処分が裁量権を著しく逸脱した違法なものである旨主張する。

ところで、紀律違反を犯した者がある場合に、懲罰を科するか否か、科するとしていかなる懲罰をどの程度科するかは、その紀律違反行為の態様のみならず、行為者の態度その他諸般の事情を斟酌してなす刑務所長の裁量事項であると解すべきである。

これを本件についてみるに、原告の紀律違反行為の態様は前記認定したとおりであること、原告のなした右紀律違反行為には何ら正当性が認められないこと等の諸点に鑑みると、東京拘置所長の原告に対する本件懲罰処分は、相当な措置であり、右処分が同所長の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるということはできない。

三  以上のとおりであるから、東京拘置所長の原告に対する本件懲罰処分が違憲ないし違法であるとの原告の主張は失当であり、同所長の右処分は適法であるということができるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

よって、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井田友吉 裁判官 林豊 裁判官大谷辰雄は職務代行終了のため署名捺印できない。裁判長裁判官 井田友吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例